#香椎台 木もれ日日記

香椎宮の森の木陰で、広い空をながめながら日々の思いを綴ります

令和の宴、かな?

満開とは言えなかった太宰府天満宮梅の花。先週のリベンジとばかりにまたもや出かけました。偶然にもこの日は「曲水の宴」が催されていました。大宰府のHPでは下記のように説明されています。

「曲水の宴(きょくすいのえん)は、平安時代宮中行事を今に再現する禊祓(みそぎはらえ)の神事です。毎年3月の第1日曜に曲水の庭にて執り行われます。十二単をまとった姫をはじめ平安装束に身をつつんだ参宴者が、曲水の庭の上流より流された酒盃が、自分の前を過ぎる前に和歌を作り、お酒をいただくという雅な神事」

 

お昼ごはんを食べ、食後のお散歩を終え本殿前に戻ったところ、お参りしている人々が何やら急がされ一掃されていました。そして石畳の参道を宴に参る一行が中世の姿になりしずしずと行進していました。

やがて宴が催される文書館付近ではぼちぼちと人々が集まり始めていましたが、それをよそにチビちゃんを先頭に遊園地に急ぎます。ひとしきり選びにえらんだ電車とメリーゴーラウンドで楽しんだあと、戻ってきたところすでに「曲水の宴」は始まっていました。コロナ禍ということで、参宴者の家族のみ会場に参列が許されていたようで、一般の人々は会場を大きく囲んだ仕切り線付近に立ち止まることさえ許されず、排除されます。感染防止を徹底されながら遊園地で遊んだあとのあまりの規制に違和感は否めません。

もとは宮廷の歌詠みの行事の一つでしょう。梅の香ただよう文化の催しに、機械的に一般人を排除することはどうしてもなじまないのでは。まして「神事」とは…。文書館に飾られたお雛様が梅の枝越しに見え隠れしており、チビちゃんの「もっとみたかったぁ!」の声は届いたかな。

元号・令和の出典元とされる万葉集の舞台である大宰府

 初春令月、気淑風和、梅披鏡前之粉、蘭薫珮後之香
現代語では、「新春の好き月、空気は美しく風は柔らかに、梅は美女の鏡の前に装う白粉のごとき香りを漂わせている」とも訳されている。

しかし「令和」字面からはどうしても冷たい復古調の香りがしてくるようで、馴染めない。

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